JAK阻害薬が円形脱毛症に使用できるようになって2年半以上が経過し、その使い方について少しずつ情報が蓄積されてきました。いまだ円形脱毛症を完全に治癒させる方法はありませんが、一部の最重症の人を除けば、病気をかなりコントロールできるようになりました。円形脱毛症の治療方法の選択については、すでに当院ホームページ「円形脱毛症」の項目に、「軽症」、「中等症」、「重症」、「急速進行型」 に分けて記載していますので参考にしてください。ここでは、当院での2025年3月時点での円形脱毛症の治療手順と治療実績を示しながら、今後の治療の動向についても情報提供したいと思います。
当院の治療実績をレセプト(診療報酬明細書)から推定すると、開院以来3年半で、皮膚科を受診した人は11,899人でした(2025年3月9日現在)。そのうち円形脱毛症の病名がある人は3,070人です。つまり、皮膚科を受診している人の1/4が円形脱毛症の治療を目的として来院されていることになります。治療手段は、ステロイド(ケナコルト®)注射が1,654人、DPCP局所免疫療法が887人、JAK阻害薬の内服が193人(アトピー性皮膚炎だけを目的とした人を含みます:オルミエント®146人、リットフーロ®16人、リンヴォック®31人)です。
一般の皮膚科クリニックでは、円形脱毛症に対してステロイド外用薬(アンテベート®、リンデロン®、デルモベート®など)とフロジン®外用液が処方されることが多いですが、正直なところあまり効きません。それは円形脱毛症におけるリンパ球の攻撃目標が毛球部という深いところにあり、外用薬では届きにくいためと考えられます。紫外線療法(エキシマレーザー)も保険診療で認められていますが、効果はあまり実感できません。紫外線なので回数が多いと発癌性の問題もあり、小児には実施しにくいところです。当院では、注射が嫌いな人と小児を除いて、軽症の人にはステロイド(ケナコルト®)の注射をしていただいています。4~6週間間隔で頭皮の脱毛部に注射すれば、3か月後には例外なく注射部には発毛が認められます。しかし、注射量には限りがあるため、広い範囲には注射できません。適用としては100円玉の大きさの脱毛斑がいくつかある人、さらに頭皮全体の10%程度までの脱毛斑には対応できます。汎発型の人で眉毛だけに、また蛇行型の人で前頭部の生え際だけに注射している人もいます。痛いですが、安くて有効な方法としてお勧めできます。
中等症でアトピー性皮膚炎がひどくない人には局所免疫療法をお勧めします。当院では887人が実施しています。人数が多いので、有効性がどれくらいなのか統計を取っていませんが、70~80%程度と推定しています。通常は頭皮の10%以上に脱毛がある人に実施しています。特に小児や頭皮全体が疎毛になっている人には有効性が高いです。強い治療法ではないため、一旦改善しても季節によって反応が上下することがあります。また、くっきりした脱毛斑タイプには注射の方が有効なので、局所免疫療法と併用することもあります。アトピー性皮膚炎を合併している人は、頭皮だけでなく体もかゆくなることがあるので局所免疫療法は実施しにくいです。痒みのために、途中で局所免疫療法を断念する人は10-15%程度と推定されます。局所免疫療法を半年~1年実施しても、50%以上の脱毛面積が改善しない場合にはJAK阻害薬に切り替えることをお勧めします。
「急速進行型」円形脱毛症は、急に頭部全体の脱毛が始まり、1~2か月で大部分の頭髪がなくなる病型です。治療せずに放置しても50~60%の人は1年以内に改善しますが、放置するのは精神的に耐えられないので、ステロイドの内服か局所免疫療法をお勧めします。脱毛初期であれば反応の早いステロイド内服をお勧めしますが、頭髪の大部分が抜けてしまった後では副作用の少ない局所免疫療法をお勧めします。ステロイド内服期間は半年程度となりますが、種々の副作用で20%程度の人は脱落して局所免疫療法に移行します。またステロイド内服が終了しても、再発・再燃に備えて局所免疫療法を継続していただきます。
「急速進行型」や慢性「多発型」で局所免疫療法を半年~1年実施しても20%程度の人は反応が悪いです。50%以上の脱毛斑(全頭型、汎発型を含む)が、季節にかかわらず残るようでしたら、治療費は高くなりますが、JAK阻害薬に切り替えることをお勧めします。3か月程度で発毛が始まり、6か月内服すれば、おおむね反応の程度を判定することができます。現在、内服できるJAK阻害薬はオルミエント®4mg錠とリットフーロ®50mg錠です。おそらく1年後にはリンヴォック®15mg錠も内服できるようになると予測します。オルミエント®4mg錠は、効果がそこそこで、安全性の比較的高い薬剤で、標準薬的な位置付けです(院長ブログ11)。リットフーロ®50mg錠は比較的新しい薬で、効果はオルミエント®4mg錠とほぼ同等です。効果の立ち上がりがやや遅い、減量ができない、価格が3割高い(高額療養費制度を利用すれば自己負担額は同じ)がマイナス点です。リンヴォック®15mg錠は、中等度以上のアトピー性皮膚炎を合併している人は現在でも使用できます。効果については、現時点で比較データは公表されていませんが、自分の経験からは10-20%程度効果が高いと推測しています。また、30mg錠への一時的な増量も可能です。ただし、感染症の副作用は確実に多く重くなります(院長ブログ16参照)。オルミエント®4mg錠やリットフーロ®50mg錠の内服で十分な効果が得られない時に試してみる薬剤と考えます。ただし、いずれかの薬で、ほとんど効果が得られなかった人は変更しても効果は出ません。ほとんど効果が得られなかった人は新たなブレイクスルーが発表されるまで待っていただくしかないと思います。JAK阻害薬は、学童児(6歳以上)などの低年齢層や、脱毛面積50%未満の中等症への適用拡大が検討されていますので、あと1-2年待っていただければ内服できるようになると推測します。楽しみにお待ちください。
2025/03/11 西新宿サテライトクリニック 坪井 良治
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