今回は漢方医学で用いる診察法のお話です。
漢方医学では望、聞、問、切の4種類の診察法が用いられます。漢方は五感を働かす医学であり、現代医学のように画像診断や数値データなどで客観的に表現しづらいものも処方決定に生かすことに特徴があるといえます。望とは見て診断することつまり視診に相当し、体格や顔色、皮膚の状態、舌の状態などを観察します。聞は聴診にあたるもので、声、呼吸、腸雑音、口臭や便臭などを診ます。「お香を聞く」という言葉があるように、臭いをかいで情報を得ることは聞く範疇に入るのです。問は問診ですが、現代医学以上に詳しく症状悪化因子等を聞き出すことが特徴です。例えば現代医学では通常問題とならない冷えが症状悪化の引き金であれば、体を温める漢方処方の選択につながるなど、問診結果が治療に直結するからです。最後に切は「接」、即ち接触して行う触診に相当します。脈の状態を見る脈診、腹部の状態を見る腹診が代表的です。このように多くの独特な診察法がありますが、なかでも最後に述べた腹診はもっとも漢方医学に特徴的とされています。
腹診は江戸時代に日本で独自に発展した診断技術で、特に慢性疾患においてその有用性を発揮します。それは江戸時代の先人たちが身体の微細な異常の積み重ねが慢性疾患を形成し、それらの蓄積が腹証(特定の腹診所見)として現れると考えたからなのです。実際にその仮説に従うと生薬や処方の決定に際して非常に役立つため、現代のわれわれにも受け継がれているわけです。現代医学においても当然腹部の診察は行われますが、腹腔内臓器の形状や腫瘍などを触診すること、筋性防御、圧痛点の反応などを確かめることなど、主として解剖学的観点から行われます。これに対して漢方医学では、腹診は全身状態としての虚実(体力抵抗力の有無)を診ること、また特定の腹証を把握することで漢方医学的な病理を明らかにし有効な漢方処方選択に繋げることを目的としています。腹診を広めた江戸中期の大漢方医、吉益東洞(1702~1773)は「腹ハ生アルノ本ナリ、故ニ百病ハ此ニ根ザス、是ヲ以テ病ヲ診スルニハ必ズ腹ヲ候フ」(『医断』腹候、脉候)と述べています。意訳すると、生命エネルギーの大元は腹部にある。だからどんな病気でもお腹の状態に関係があるものだ。したがって、病気の診断にあたっては必ず腹部の診察をする必要がある、と言っているのです。このように吉益東洞は、腹部に限らず全ての疾患の診断において腹診を重要視しました。実際、腹診は漢方薬の適切な選択にとても役立ちます。これが我が国の現代漢方医学の腹診重視の流れに繋がっているのです。