生薬はどこから来るのかご存知でしょうか。今回は前回に続き、生薬の生産についても少し触れておきたいと思います。
生薬は1950年代まで、実はその大半を国産で賄えていました。それどころか例えば国産の朝鮮人参は品質が高く、ブランド品として海外に輸出されるほどかつては盛んに栽培されていたのです。しかし1972年の日中国交正常化以降、安価な中国産生薬が輸入されるようになりました。それに押され我が国の生薬栽培は徐々に衰退、現在では全体に占める国産生薬の割合はわずか10%程度に過ぎません。80%は中国からの輸入に頼り、残り10%前後も韓国やベトナムなどからの輸入となっています。しかし近年の輸入生薬価格は高騰しており、その上政治的な駆け引きにも利用され、今後の国内での漢方薬による治療への影響が懸念されています。2010年代に中国との間に生じたいわゆるレアアース問題は記憶に新しいところですが、今後は生薬についても希少資源の観点から同様の状況が生じるおそれがあると考えられます。現状の国産生薬価格は中国産に比べ種類によっては2-3倍と割高なものが多く、そもそも栽培農家の減少や高齢化などにより栽培技術が引き継がれず、生産自体が消滅してしまったものもあります。いったん消滅してしまった技術を復活させるのは至難の業です。
このように様々な問題を抱えている生薬の国産化ですが、中国依存を脱却し安全・高品質の国産生薬生産を拡大する必要があり産官学の取り組みが続いています。私は国立医薬基盤研究所が行っている、インドジャボクや甘草といった生薬の試験栽培現場を見学したことがあります。インドジャボクは降圧作用や鎮静作用のある生薬ですが、名前から推察されるように暖かいところでないと育ちません。その試験栽培場はロケット発射場や鉄砲伝来で有名な、温暖な鹿児島県種子島にありました。一方で、寒い地方で育つ生薬もあります。北海道ではすでに芍薬やセンキュウといった生薬の大規模栽培(商業生産)がおこなわれていますが、多くの漢方薬に必須の生薬である甘草は今のところすべて中国からの輸入で、国産化はこれまで実現していません。試験栽培場のひとつは冷涼な北海道名寄市にあり、ここでは高品質な甘草などの研究や試験栽培がおこなわれていました。このように日本は亜熱帯から亜寒帯までさまざまな気候の土地があるため、多種多様な生薬の栽培がおこなえる可能性があると感じました。
日本の農産物が安全で高品質ということは全世界に広く知られているところです。各方面の努力が実り、将来は安全で高品質な国産生薬を用いた漢方治療が広く行われるようになることを心から願いたいと思います。