以前、漢方医学のご紹介をしたとき「漢方医学的な考え方に基づき治療します」とお話しました。そこで今回は漢方医学の考え方について、代表的なものについて簡単に触れたいと思います。漢方医学で最も重要とされる考え方のひとつに、気血水理論というものがあります。気血水理論は江戸中期の漢方医である吉益南涯が提唱したもので、気(目に見えない根源的エネルギーを指し人の活動を機能的にささえる)、血(血管内の赤い液体を指し栄養などを通して人の活動を物質的にささえる)、水(無色の血以外の液体を指し血とともに人の活動を物質的にささえる)がバランスよく保たれていることが人の健康には重要で、これらの失調があると様々な疾病の原因となるという考え方です。
気血水の異常には気虚、気鬱(気滞とも呼びます)、気逆、血虚、瘀血、水滞の6つの病態が挙げられます。具体的には、気虚では気の不足によりだるさ、気力低下、内臓下垂などの症状が現れます。これらの症状に対して、補中益気湯や六君子湯など主に胃腸機能を活発にして元気をつける漢方処方を用います。気鬱は気の巡りが悪いことにより抑うつ、喉の違和感、腹部膨満などの症状が現れるため、香蘇散、半夏厚朴湯など気の巡りを改善させ、自律神経機能の調整をはかる漢方処方で治療します。気逆は気が体の上部へ逆流(正常な状態において気は上から下へ流れるとされています)することでのぼせや動悸、パニック発作などの症状が現れ、苓桂朮甘湯、加味逍遥散など気の流れを正常化する漢方処方を用いることになります。血虚は血の不足により、貧血だけでなく顔色不良、脱毛、肌荒れといった栄養不足に関連した症状が出現するもので、当帰飲子、十全大補湯など血の産生を促し、体を潤し栄養状態を改善させる漢方処方が適応となります。瘀血は血の停滞、すなわち血行不良や末梢循環不全と考えられる概念で、目のくまや毛細血管の拡張、痔、月経痛といった血行不良に伴う症状が現れやすく、これらの症状に対して桂枝茯苓丸、桃核承気湯など血液循環を改善させる漢方処方を用いて治療を行います。水滞は体内の水の停滞すなわち水分バランスの乱れにより水様性鼻汁、嘔吐下痢、むくみなどを来すものです。小青竜湯、五苓散など水分バランス是正に働く漢方処方が役立ちます。
少し難解であったかもしれませんが、これら気血水の各病態で生じる症状自体はありふれたなじみのあるものばかりだと思います。こうした症状を漢方医学的な見方で捉えることさえできれば、すぐ患者さんに最も適した漢方治療に入れるところが、治療重視である漢方医学の実用的な考え方の特徴を表しているといえます。