十全大補湯は12世紀中頃に創られた漢方薬で、前回ご紹介した補中益気湯とともに疲労倦怠感に対する代表的な漢方薬です。まず今回も十全大補湯の意味からご説明すると、十全とは十中一つとして欠陥のない、完全無欠なといった意味です。その薬効が完全無欠であることからそのような名前が付いたものと思われます。また十全大補湯は10種類の生薬から構成されるため、その組み合わせの万全さも十全に込めたのでしょう。大補は大きく補う、つまり大いに元気を回復するというニュアンスです。補中益気湯の補と同じ意味ですね。
十全大補湯は補の文字から想像できるように、気や血を補って元気や栄養状態を改善回復する重要な働きがあり、このような漢方薬を補剤と総称しています。また十全大補湯と補中益気湯は二大補剤とも呼ばれます。ではどう違うのでしょうか。補中益気湯はエネルギー不足(漢方医学では気虚)に対する補気が主目的、すなわち元気のチャージが中心です。普段元気な人が風邪ひいて一時的にぐったりしているようなときのイメージです。対する十全大補湯はエネルギーと栄養状態が悪い人(気血両虚)に補気と補血を行う、すなわち元気と血液・栄養のチャージを行います。漢方医学では気虚からさらに状態が悪化すると気血両虚になると考えているため、がんをはじめとした慢性疾患患者に十全大補湯の適応が特に多いといえます。
実際、十全大補湯はがん患者さんに使うことがとても多い漢方薬です。がん患者さんは手術、化学療法、放射線療法などの治療を受けており、治療期間も長くなる人が少なくありません。ただでさえがんがからだのエネルギー不足と栄養状態悪化を引き起こす上、手術による体力低下、抗癌剤や放射線の副作用がそれに拍車をかけます。その時に十全大補湯を服用していると疲労倦怠感や冷えが改善するほか、食欲不振、貧血や脱毛、皮膚症状といった治療の副作用改善が見込めます。免疫細胞を活性化するとのデータもあり、今後現代医療の場でますます必要となるでしょう。