漢方医ブログ⑮ 六君子湯(りっくんしとう) | 新宿区西新宿の皮膚科・内科 | 西新宿サテライトクリニック
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漢方医ブログ⑮ 六君子湯(りっくんしとう)

 胃もたれやむかつきといった胃の症状は日常よく経験するありふれたものですが、患者さんの生活の質を落とすので効果的な治療が求められます。必要に応じ胃内視鏡でがんや潰瘍などのチェックをする必要がありますが、検査で異常がなければ多くの場合機能性ディスペプシア(FD)と診断され、漢方治療が有効な場合が少なくありません。それはFDの病態が複雑なため、複数の生薬成分を含み多くの作用点を持つ漢方薬が有用と考えられるからです。そんなときに大活躍するのが、16世紀初頭の『医学正伝』を出典とする六君子湯です。六種類の生薬が穏やかに効果を表す様子が君子のようだ、というのが命名の理由とされています。

 2021年に日本消化器病学会が発表したFDの診療ガイドライン(診療指針)改訂版では、(りっ)君子(くんし)が初期治療薬のひとつとして推奨されています。胃の運動や排出機能などを改善することが確かめられており、臨床試験データも豊富で現代医薬と同等のランク付けを獲得したことは画期的です。実際、六君子湯は胃もたれや食欲不振にとても効果があります。もう少し詳しく説明すると、胃の運動機能には食べ物が入ると胃の筋肉が緩み大きく膨らみ、食べ物をたくさん受け入れる適応性弛緩という機能があります。この機能が障害されると、胃が膨らまなくなりすぐお腹が一杯になってしまいます。私たちはこの適応性弛緩のおかげでおいしいものをたくさん食べることができるのですが、六君子湯はこの適応性弛緩機能を改善させることが証明されています。また六君子湯の食欲増進効果は、食欲増進を主るホルモンの一種グレリンを介するとされています。ラットを用いた実験では六君子湯投与後に餌を食べる量が増加し、それに伴って血中グレリン濃度が回復したと報告されています。このグレリンを増やす優れた作用も、実は現代医薬にはない六君子湯ならではのものです。近年の研究では、8種類から成る六君子湯の構成生薬ごとにグレリン分泌促進、グレリンシグナル増強、グレリン分解抑制など異なったグレリン増強作用があることも見出されています。数百年以上前に経験的に作られた漢方薬が、現代医学の薬理学的な観点から振り返って見ても非常に合理的な生薬の組み合わせとなっていることに驚かされます。