院長ブログ11 バリシチニブ(オルミエント®)による円形脱毛症の治療実績(2023-2025) | 新宿区西新宿の皮膚科・内科 | 西新宿サテライトクリニック
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院長ブログ11 バリシチニブ(オルミエント®)による円形脱毛症の治療実績(2023-2025)

 バリシチニブ(オルミエント®)が円形脱毛症に適用拡大になってから2年半以上経過し、使用経験も蓄積されてきました。昨年の院長ブログ11からも1年経過しましたので、今回は当院でバリシチニブを内服されている患者様の最新の治療状況も追加して報告したいと思います。また、バリシチニブの発毛効果が十分でない患者様や、効果が十分得られて減量や終了を考えている患者様に出口戦略について情報提供したいと思います。

 2022年7月に処方を開始して、2025年2月までにバリシチニブを内服した人は140名でした(添付資料)。内服の前提条件は、脱毛面積50%以上で、6か月以上固定している15歳以上の円形脱毛症の人です。そのうち、当院を含め6か月以上経過観察できた108人について解析しました。平均観察期間は12.5か月(6-29か月)でした。投与前の平均脱毛面積は86.5%で、脱毛面積100%の人数割合は53.7%でした。国際臨床試験における平均脱毛面積は85%であり1)2)、患者背景の重症度はほぼ同じでした。


 解析の結果、SALT20達成率(脱毛面積が20%以下になる:なんとか脱毛が隠せる面積)は47.2%(51/108)で、SALT10(脱毛面積が10%以下)達成率は 38.0%(41/108)でした。この結果を投与前の脱毛面積で分類してみると、脱毛面積100%の人のSALT20達成率は 24.1%(14/58)、脱毛面積50%以上100%未満の人のSALT20達成率は 74%(37/50)でした。この結果は、2つの大きな国際臨床試験(281人/234人)の9か月経過時のSALT20達成率(35.2%/32.5%)より、かなり良い成績となっています。その理由としては臨床試験よりも長い期間観察していること(平均12.5か月)と、脱毛面積100%未満の比較的軽症で内服を開始する人が最近増えていることが関係していると推測しています。SALT20を達成した人の固定期間は平均3年で、未達成の人の固定期間は平均9年でした。固定期間が4年未満の人の治療成績が良いことはすでに報告されています3)。以上の結果から、脱毛面積が50%以上になってから早め、できれば3年以内に治療を開始した方が良い結果が得られることが推測されます。いっぽう、内服治療を開始して脱毛面積が20%以下になるまでに要した平均期間は6.6か月でした。つまり、たいていの人は半年内服すれば、今後の見極めがつくことになります。ただし、6か月内服した時点で太い毛(硬毛)が生えていなくても、うぶ毛(軟毛)がたくさん生えている人は1年以上経過してから脱毛面積が20%以下になる可能性が高いので、内服の継続をお勧めします。また、脱毛面積20%以下が達成できずウイッグが外せない人でも、眉毛・睫毛がきちんと生えた人は、内服を継続している患者様もいらっしゃいます。円形脱毛症は、治療に関係なく、年度や季節によって自然に症状が良くなったり悪くなったりする疾患です。今回の治療観察においても、バリシチニブ治療中に、20%以上悪化した人が7.4%(8/108)もいました。さらに、一時的な軽度の脱毛はよく経験しますので、中止しないことが重要です。このような場合にはミノキシジルの外用、ステロイドの外用・注射などを追加して様子をみてください。3-6か月以内に回復することが多いです。

 投与期間中に認められた副作用は添付資料の通りです。2回以上受診した135名を安全性の検証対象としました。有害事象は97人に認められました。いずれの症状も軽快ないし治癒しています。これらの症状がバリシチニブ投与に関連しているのか、単なる偶発なのかの判断は難しい部分もありますが、薬剤が免疫を低下させる性質を持っているので、感染症が増えることは間違いありません。重篤な副作用は虫垂炎の1人でした。虫垂炎が多い家系で、本人に薬剤との関連性についての認識はなかったようです。突発性難聴と耳鳴りは治癒していますが、関連性は不明です。興味深いのは、この薬剤がアトピー性皮膚炎の治療薬でありながら、投与中に皮疹やかゆみが悪化した人が12人もいて、うち2名は投与を中止するほど悪化したことです。血液検査では筋肉に関連したCPK値の上昇や高脂血症関連の検査値が上昇することが観察されましたが、薬剤の投与中止に至った症例はありません。血栓を示唆するD-ダイマー高値が1人ありましたが、臨床症状なく検査値も正常に復しました。2つの国際臨床試験では、上気道炎、頭痛、鼻咽頭炎、ざ瘡、尿路感染症、CPK値の上昇、COVID-19感染症が頻度の高い副作用でした1)2)。バリシチニブ4mg 錠52週間の内服期間中に認められた重症な副作用は帯状疱疹6人、虫垂炎1人、腎盂腎炎1人、COVID-19肺炎1名でした(母数513名)1)2)。円形脱毛症の国内市販後調査結果はまだ発表されていませんが、アトピー性皮膚炎を対象とした市販直後調査はすでに実施されて、1673施設を対象に副作用が集積されています4)。入院を要する重篤な副作用は帯状疱疹とブドウ球菌感染症の2例だけでした。以上のことから、バリシチニブ4mg 錠は、当初予想されていたよりかなり安全に使用できることが判明しました。これは、最初に適用が認められた関節リウマチは高齢者が多く、自己免疫疾患としての背景も影響していると考えられます。幸い、アトピー性皮膚炎や円形脱毛症の患者様は若い人が多く、ほかに免疫抑制をきたす背景がないことが重篤な副作用が少ない理由として考えられます。一般的な注意としては、内服する前よりも、発熱や風邪、感染症に少しかかりやすいと考えていただくのがよいと思います。

 以上のことをまとめると、バリシチニブ4mg 錠は効果が比較的高く、副作用はかなり軽く、使いやすい薬剤と言えます。内服した人の約半数でウイッグが要らなくなるSALT20(脱毛面積20%以下)が達成できます。ただし、全頭型や汎発型(脱毛面積100%)の人は4人に1人、それ未満の人は4人に3人が達成できるということで、重症の人にはかなり厳しいと言えます。症状が固定して半年以上3年以内に治療を開始した方が、長期放置するよりも反応が良くなります。オルミエント®4mg錠の後発医薬品は、今後5年間は発売される見込みがありませんので、薬剤費が安くなるまで待つよりも、できるだけ早くオルミエント®錠の内服を開始して、その後に後発医薬品に変更して病勢が弱まるのを待つ方が効果/副作用/費用のバランスを考えると得策と考えます。6か月内服してほとんど反応がない人はJAK阻害薬による治療は難しいので、次のブレイクスルーを待つしかないと思います。ただし、長期内服による蓄積副作用はほとんどないので、経済的に許せば、頭髪にある程度の発毛がある、あるいは眉毛・睫毛がそろった状態を維持できるのであれば、内服を継続してもよいと思います。発毛効果が中途半端な人、あるいは内服経過中に脱毛が悪化した場合、つまり、バリシチニブの効果が不十分な場合に、どうするかについて考えてみたいと思います。円形脱毛症は季節や年度によって自然に病勢が変化する疾患です。したがって、リンパ球の攻撃性がバリシチニブの効果に勝ってしまうと一時的な脱毛が起こります。このような場合、バリシチニブ錠の増量内服は認められていませんので、すぐにできる対応しては、ステロイド外用薬の密封療法やケナコルト注射、局所免疫療法との併用です。ミノキシジル外用も補助療法としては有効と思われます。JAK阻害薬リトレシチニブ(リットフーロ®)50mg錠が発売されましたが、作用機序が似ていて効果もほぼ同等なため、変更による効果の増加を期待するのはかなり難しいと思います。むしろ、効果のやや優れるウパダシチニブ(リンヴォック®)が1年後には円形脱毛症に適用が拡大される可能性が高いので、それを待つ方が良いと思います。また、この薬剤は15mg錠から30mg錠への増量も可能な点も利点です。ただし、副作用も増え重くなりますので増量は一時的な期間に留めるべきです。円形脱毛症に中等度以上のアトピー性皮膚炎を合併している人は、現時点でもウパダシチニブ(リンヴォック®)やアブロシチニブ(サイバインコ®)を内服することが可能です。

 最後に、現時点で発毛効果が十分得られている人(脱毛が全くない、あるいは脱毛面積10%以下)が、オルミエント®を減量したり、終了したりすることができるのか、出口戦略について考えてみましょう。バリシチニブには大きな国際臨床試験が2つ1)2)あり、それぞれの試験には、さらに長期試験が組まれました。すなわち、バリシチニブ4mg錠を52週間内服してSALT20(脱毛面積20%以下)を達成した人44人は、さらに100週間4mg錠の内服を継続しました。いっぽう42人は2mg錠に減量したまま100週間内服を継続しました5)。その結果、4mg錠を内服した人の88.6%(39/44)はSALT20を維持できましたが、2mg錠に減量した人は58.5%(24/41)しかSALT20を維持できませんでした。もうひとつの臨床試験6)では、4mg錠を52週間内服してSALT20を達成した30人が内服を中止しました。その結果、100週間後には20%(6/30)の人しかSALT20を維持できませんでした。このグループが4mg錠の内服を再開したところ、87.5%(21/24)の人がSALT20を回復することができました。これらの臨床試験の結果から、2mg錠への減量ができる人は、脱毛面積が10%以下で、季節的変動がない人に限られると思います。もし、季節的に悪化した場合には4mgに増量すれば回復する可能性が高いです。ただし経済的には、自己負担額が3割の人は医療費を減額できますが、高額療養費制度などを利用している人は、減額の対象にならなくなることが多いので、個人で検討してみてください。将来的な薬剤の中止については、やや悲観的です。円形脱毛症は自己免疫疾患ですが、関節リウマチなどの他の自己免疫疾患と類似しているとすれば、とりあえず薬剤の減量や増量を行って、症状を安定させることが第1目標であり、中止は2-3年ではなく、5-10年単位の長い時間を必要とすることが予測されます。もちろん、他の自己免疫疾患と違って、毛髪以外の臓器が破壊されることはありませんから、治療しないというのも選択肢です。なお、治療にあたって、JAK阻害薬は、円形脱毛症、アトピー性皮膚炎、乾癬に経験のあるクリニックや病院の皮膚科でしか処方できないことになっていますので、ホームページなどで確認してから受診してください。                                  

                  

 文献  

 1)N Engl J Med 2022; 386: 1687-1699.

 2)Am J Clin Dermatol 2023; 24: 443-451.

 3)Acta Derm Venereol 104: adv 18348, 2024.

 4)日本イーライリリー株式会社資料(2021.9. OLM-N011)

 5)J Am Acad Dermatol 92: 299-306, 2025.

 6)JAMA Dermatol 160: 1075-1081, 2024. 


                       2025/3/10 西新宿サテライトクリニック 坪井 良治

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