半夏厚朴湯は3世紀の『金匱要略』を出典とする漢方薬の中でも最も古い処方のひとつです。半夏については前回のコラムでもご紹介しましたが、制吐作用や消化吸収・消化管運動促進作用があるため嘔気や嘔吐を中心とした胃腸症状に効果を発揮します。特に半夏厚朴湯に含まれる半夏・茯苓・生姜は、妊婦さんのつわり症状に頻用される小半夏加茯苓湯という別名の漢方薬と同じ生薬構成になっています。
上記に加えて、厚朴と蘇葉という理気薬が加わっているのが半夏厚朴湯の最大の特徴です。以前のコラムで漢方医学の気鬱という概念のお話をしましたが、理気薬は気の流れをよくして気鬱を改善する、現代医学的に言うと自律神経の働きを整えうつや不安といった症状を改善する作用があるのです。このような働きをする漢方薬を気剤とも呼んでいて、半夏厚朴湯は代表的な気剤と位置付けられています。
ただ半夏厚朴湯は決して精神科専用の薬というわけではありません。出典の『金匱要略』には、婦人で喉に炙った肉が引っかかるような感覚があるとき用いるとよい、という記載があります。これは咽喉頭異常感症という自律神経バランスの悪い時に起こりやすい疾患です。したがって半夏厚朴湯は耳鼻咽喉科で特によく用いられています。そのほか先にも触れた胃腸症状や動悸、胸痛、めまい、耳鳴りなど、自律神経バランス悪化を背景としたさまざまな身体症状や疾患にも幅広く応用できます。
ストレスの多い現代社会において、自律神経のバランスを崩しうつや不安、パニックといった精神症状のみならず、さまざまな身体症状に苦しんでいる人は少なくないと思います。また一方で、精神科で処方される現代医薬の副作用や薬物への依存を心配される方も少なくありません。そのようなときに半夏厚朴湯のような漢方薬も一つの手助けになる可能性があると考えられます。
