前回に引き続き、漢方医学の考え方についてお話してみたいと思います。虚実や寒熱という考え方も実臨床で役に立つものです。
まず虚実について。これは人が病気になった時、生体の修復反応に十分なエネルギー(漢方医学的には気血)を動員できるかどうか認識するための用語で、うんと分かりやすく言えば体が頑健あるいは虚弱といった体質の強弱に通じるものです。実(または実証)は体力があり声に力がある、がっちりした体格である一方、虚(または虚証)は体力がなく気力がない、痩せ型で風邪を引きやすいといったイメージになります。中庸という言葉がありますが、漢方医学には何事も真ん中にバランスに整えるのがちょうどよいという考え方があります。従って実(または実証)の場合は体内の余剰なものを発汗・利尿・瀉下・解熱といった手段で取り除き外に出す治療が、虚(または虚証)の場合は胃腸機能の改善や体を温めるなど足りないものを補う治療が行われることが多いのです。
続いて寒熱の考え方ですが、これは人が病気になった時の生体の修復反応が熱性か寒性かを分ける認識の仕方です。病気の起きている場所の、局所的な病状認識の表現として用いられます。寒とは局所の冷感、冷え、血流の低下などを指します。対して熱は局所の熱感、充血を指します。寒熱は虚実に比べピンとこないかもしれません。具体的な例でいうと、例えば関節の痛みを考えてみましょう。けがや打撲をしたとき、関節が真っ赤に脹れあがり触ると熱感がある場合、熱のある状態あるいは熱証と呼びます。一方で同じ関節痛でも、何十年も患っているリウマチの関節痛の場合、外見上は脹れや赤みもなく触っても熱感はなくむしろ冷えていることがよくあります(暖かい手で触ると気持ちが良いくらい)。このような状態が寒のある状態あるいは寒証と呼んでいます。さきほどの中庸に戻す治療原則に従い、寒証の場合は体を温める治療薬(関節痛の場合、桂枝加朮附湯や大防風湯など)を用い、熱証であれば熱を取る治療薬(関節痛の場合、越婢加朮湯や薏苡仁湯など)を使います。もちろん寒熱のはっきりしないどちらとも言い難い場合もあり、そのような場合に向いている漢方薬もあります。またどちらの要素もあると考えられる場合、寒熱錯雑(かんねつさくざつ)という言い方もあります。例えば冷えのぼせなど、体の中で正反対のことが起きているときなどにもちいる表現です。
虚実や寒熱、あるいは前回説明した気血水理論も現代医学的とはかなり異なる考え方ですが、異なる切り口だからこそ現代医学で行き詰った時に治療の道筋が見える場合があると考えられます。