総合診療General medicine
現代の医療は専門分化が進んでいます。しかし、多くの場合、患者さんが最初に診察を受けるのはプライマリ・ケアを担当している医療機関です。そこに患者さんは病名ではなく症状で受診されます。当院では風邪症状、発熱、頭痛、胸痛、腹痛、背部痛、動悸、下痢など、まだ病名が判明していない段階の多種多様な内科的症状の診察を行います。結果として日常的によくある病気(common disease)であれば標準的な治療を行います。来院時にすでに病名が判明していても、それがよくある病気ならば、当院で治療を行います。さらなる精密検査や専門医による診療が必要となった時には、東京医科大学病院をはじめとし、患者様の希望の医療機関を紹介します。つまり総合診療の実践です。
また、生活習慣病をはじめとしたcommon diseaseについては専門医による専門診療も行います。さらに漢方医療も取り扱う予定です。
胸痛Chest pain
胸痛を来す疾患は数多く存在します。その中でも命に係わる可能性があるために怖いのが循環器疾患です。特に急性心筋梗塞、肺動脈血栓塞栓症、大動脈解離は早急に否定すべき疾患です。それに緊張性気胸と食道破裂を含めて5killer chest pain(5つの危険な胸痛)と呼ばれています。しかし、緊張性気胸や食道破裂の患者さんが病院ではなくクリニックを受診する頻度は少なく、クリニックでは比較的症状が軽めの循環器疾患が重要になります。急性心筋梗塞のときには胸痛だけでなく、冷汗や肩の痛みも伴うと確率が高くなります。肺動脈血栓塞栓症では低酸素血症による呼吸困難を伴うことが多く、大動脈解離では血圧が異常に高く、左右差があることが多かったりします。まず否定すべきこれらの疾患である確率はアメリカのクリニックでは16%程度と報告されています(J Fam Pract 38 345-352,1994)。残りの84%はそれ以外の原因による胸痛です。したがって、それ以外の原因を見つけるのも大切なのです。頻度として一番多いのは胸壁由来の痛みです。胸壁は胸の皮膚、神経、筋肉、骨などで構成されていますから、肋間神経痛、肋(軟)骨骨折、皮疹が出現する前の帯状疱疹、筋肉痛も胸壁由来です。次に多いのが消化管疾患です。中でも逆流性食道炎は胸痛の原因としては多く、アメリカでは危険な循環器疾患が除外されても原因が判らないときは、PPI(胃酸を抑える逆流性食道炎の治療に用いる薬)を試すように教育されたりしています。
発熱Fever
一般に発熱は37.0℃以上と言われています。しかし正確な定義は難しく、平熱が高い人では37.0℃が決して発熱ではないこともあります。
発熱の原因としてウィルスや細菌による感染症の頻度が高いため、発熱すると感染したとすぐに考えがちですが、そうとは限りません。発熱の3大原因は感染症、腫瘍、そして膠原病などの自己免疫疾患です。もちろん風邪の頻度が高いので風邪の治療から始めることが良くありますが、長く続く発熱では他の疾患も考えなければならないでしょう。
なお、風邪の原因の9割以上はウィルスです。抗菌薬はウィルスには効きません。抗菌薬は下痢や薬疹などの副作用の多い薬でもあります。安易な抗菌薬内服はお勧めしません。抗菌薬が必要な風邪は溶連菌による風邪です。特徴としては、若年者に多い、38℃以上の高熱(Fever)、咳がない(Absence of cough)、前頸部リンパ節腫脹(Cervical lymph adenopathy)、扁桃炎(Tonsilitis)です。それぞれの頭文字を取ってFACTと覚えるように学生には教えています。すべてが揃う必要はありませんが、若年者で4つ揃ったらまず溶連菌感染ですので抗菌薬が必要です。ぜひ参考にしてみてください。
頭痛Headache
女性の96%、男性の91%が一生のうち何らかの頭痛を経験しています(Epidemiology of Migraine, Neuro Epidemiology 1993;12:179-94)。きわめて頻度の高い症状ですが、脳出血やくも膜下出血、脳梗塞など脳の病気と関連することがあるために多くの人が不安になります。脳に疾患があるための頭痛は二次性頭痛といい、多くの脳血管疾患があるので検査をする必要があります。一方、多くの頭痛は脳に異常がなく、一次性頭痛と呼ばれます。一次性頭痛は片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛が中心です。
二次性頭痛を疑う場合は精査が必要になるので、どのような頭痛が二次性頭痛に当たるのかを知ることは重要です。その項目を以下に挙げておきます。
- 突然の頭痛
- 今まで経験したことがない頭痛
- いつもと様子の異なる頭痛
- 頻度と程度が増してくる頭痛
- 50歳以降に初発の頭痛
- 神経脱落症状を有する頭痛
- 癌や免疫不全の病態を有する患者の頭痛
- 精神症状を有する患者の頭痛
- 発熱・項部硬直・髄膜刺激症状を有する頭痛
少し専門用語のために内容が分かりにくい項目もあるかと思いますが、参考にしてみてください。
動悸Palpitations
動悸にはドキドキする場合と、時々ドッキンとするという場合があります。後者は脈が飛ぶとも表現されることが多く、不整脈のなかの期外収縮であることが多いのですが、前者は不整脈だけとは限りません。不整脈であればリズムが正しいか、頻脈(脈が速い)なのか、始まりと終わりははっきりしているのかなどが重要となります。リズムが乱れていて頻脈であれば心房細動が想起されます。したがって動悸の場合は症状が出現しているときの心電図を記録することが何より大切です。そのためには受診時に動悸がない場合は24時間心電図(ホルター心電図)検査を施行し、動悸のときの心電図が記録できれば診断できます。
また、単に脈が速いだけの頻脈の場合には、貧血や甲状腺機能亢進症や褐色細胞腫などが鑑別疾患として挙がります。こちらは血液検査が必要になります。不整脈も貧血も甲状腺疾患などの疾患もなく動悸がする場合は、心因性の可能性が高くなります。脈は正常だけれども心拍が聴こえてしまうという場合などです。こういう動悸は誰でも不安が強いときに経験することがあります。不安神経症やパニック障害であればなおさらです。気になる場合はやはりホルター心電図検査や血液検査を受けることをお勧めします。なお当院で採用した新しいタイプのホルター心電図は、装着中でも入浴できます。
呼吸困難(息切れ)Dyspnea(shortness of breath)
呼吸困難(息切れ)の原因となる疾患も多くあります。肺の病気であれば肺炎、気管支喘息、気胸、喫煙者に多いCOPD(慢性閉そく性肺疾患)などがありますし、心臓の病気であれば心不全、狭心症、肺動脈血栓塞栓症などがあります。また、肺や心臓に問題がなくても貧血の程度が強いと息切れが出現します。いずれの場合も労作時(動いたとき)に息切れを感じることが多いですが、心不全による息切れはそれだけでなく、夜間に増悪することがよくあります。ついには仰向けに寝ていられず起き上がって座った状態でないと息がしにくくなります。これを起座呼吸といいます。心不全による呼吸困難は肺のうっ血が原因のため、座ることで肺に溜まった水分が下がり呼吸がしやすくなるわけです。
息切れに関する病歴と身体診察、血液検査、心電図、胸部X線検査で呼吸困難の原因を調べますが、これらの検査により心臓が原因と疑われた場合は心臓エコー検査が重要となります。心臓エコー検査は腹部のエコー検査と同様に、ゼリーを胸に塗ってからプローベを胸部に当てて観察します。心臓の動き(収縮と拡張)、心臓の各弁の動き、心臓の壁の厚さなどを調べることにより診断に迫ります。
検査に全く異常がない場合は心因性の可能性が高くなります。ストレス時にため息をつくことは誰でもよくありますが、人によっては息切れまで感じることもあるのです。
失神Syncope
失神とは一過性の意識消失の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、また完全に意識の回復が見られることを指します。失神の原因疾患は多彩ですが、神経調節性失神、血管迷走神経反射、咳嗽や排尿時などに出現する状況失神、起立性低血圧など自律神経障害によるものが最も多く、全体の30-40%を占めます。次に多いのが心臓を原因とする心原性失神で失神患者全体の15-25%と報告されています。脳への血液は左右の動脈から灌流されており、片方の血流が落ちても脳の血流は途絶えません。一方、何かしらの原因で心臓からの血流が途絶えると、脳への血流も一気に低下するため数秒で失神を来します。心原性失神の原因には大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症、心筋梗塞、冠動脈攣縮、心臓粘液種、心タンポナーデ、肺動脈血栓塞栓症など重要な器質的心疾患のほか、数多くの危険な不整脈が原因となります。
失神を経験された患者さんは脳の病気を心配されますが、脳の病気で失神する可能性は高くはなく、失神時に頭をぶつけたなどの外傷がない限り、脳の病気よりも心臓の病気を先に検索することが重要となります。失神を経験した患者さんは脳神経外科を受診するよりも先に循環器内科を受診することをお勧めします。
リンパ節腫脹Lymphadenopathy
首に“しこり”がある場合、内科的にはそれがリンパ節なのかどうかが重要となります。リンパ節が腫れて触れることができる場所は、首とわきの下と股の付け根になります。やはり頻度が高いのは首になります。首のリンパ節は直径が1㎝以下であれば正常範囲であることも多く、必ずしも異常な腫れではありません。
首のリンパ節が腫れているときには感染症に伴う場合が多く、咽頭炎、化膿性リンパ節炎、伝染性単核球症、亜急性壊死性リンパ節炎(菊池病)、結核性リンパ節炎、ネコひっかき病などが原因となります。細菌が原因であれば抗菌薬を使用しますし、結核性リンパ節炎であれば抗結核薬による治療となります。伝染性単核球症のようにウィルスが原因であれば対症療法で経過観察します。
しかし、首のリンパ節腫脹で見逃したくないのは悪性リンパ腫でしょう。したがって感染症が明らかではないときには悪性リンパ腫を否定するための検査を行います。頸部リンパ節のエコー、CTなどによる画像検査や、悪性リンパ腫の腫瘍マーカーである可溶性IL2リセプターの測定などです。もし、悪性リンパ腫が疑われるようならば紹介するのは血液内科となります。
また、首のリンパ節といっても左鎖骨上窩(鎖骨の上のくぼみ)のリンパ節が腫れている場合には、消化器の精密検査が必要になることもありますので、首のしこりは放置せずに受診することをお勧めします。
禁煙外来Smoking cessation outpatient
厚生労働省の2022年国民生活基礎調査によると、我が国の喫煙率は男性が25.4%、女性が7.7%です。かなり低下してきましたが、世界の先進国の中では喫煙率はまだまだ高いほうです。たばこの害については数多くのエビデンスが既に存在しており、受動喫煙の害が明らかとなってからは、公共の場で喫煙できることが難しくなっています。喫煙場所が狭められ、たばこの値段が上がり、身体に良くないと分かっていても禁煙できないのはニコチン依存症だからです。「禁煙なんて簡単さ、俺なんか何回も禁煙したことがある。」というジョークが示すように、禁煙は簡単ではありませんし、意志の強さだけで出来るものではありません。
このグラフは2004年に英国から発表された、喫煙者と非喫煙者の生存曲線とニコチン依存度の強さを示す図と表です。英国の男性医師を喫煙者と非喫煙者に分けて50年間追跡した35歳からの生存曲線です。死亡原因が何かは問うていません。途中禁煙者の曲線は2つの曲線の間に位置しています。
右記下記の表は依存を生じる薬物の依存性の強さを点数化したものですが、たばこの依存はなんとヘロイン、コカインに次いで3番目の強さです。簡単には止められない訳です。
それでも自分はニコチン依存症にはなっていないと思われる方は次のニコチン依存症のスクリーニングテストを行ってみてください。5点以上あればニコチン依存症と診断されます。
保険で禁煙治療を受けることができるのは1)直ちに禁煙しようと考えていること、2)ニコチン依存症のスクリーニングテストが5点以上であること、3)35歳以上の場合、ブリンクマン指数(1日喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること、4)禁煙治療を受けることを文書により同意していること、の4つの条件に全て該当した患者です。
保険による禁煙治療はニコチネルTTSかチャンピックスを使用し、12週間内に5回の診療となります。12週間の禁煙治療費は2万円程度ですので、20本/日喫煙する人ならば、その間のたばこ代より安く済みます。ただし、5回診療が終了したら禁煙が不成功であっても1年後でなければ保険適用にはなりませんのでご注意ください。1年過ぎれば保険適用で再チャレンジも可能ですから、思い立ったら直ぐにチャレンジすることをお勧めします。